イギリスのEU離脱(2020年)の際、ポンドがユーロ(EUR)でなかったおかげで通貨の切り替えという手間は生じませんでした。では、なぜイギリスはユーロに参加しなかったのでしょうか。その背景として必ず語られるのが、1992年の「ポンド危機」とジョージ・ソロスです。
欧州通貨統合とイギリス
要約すると、イギリスは1992年2月に調印されたマーストリヒト条約で、ユーロに参加しなくてもよい権利(オプトアウト)をあらかじめ確保していました。
その直後の1992年9月、ジョージ・ソロスらのポンド売りによってイギリスは為替相場メカニズム(ERM)からの離脱に追い込まれ(ポンド危機)、通貨統合への参加は政治的に一層難しくなりました。ソロスがユーロ参加を「阻んだ」というより、参加に慎重だったイギリスの姿勢を決定づけた出来事、というのが実情です。
ポンド危機
EMSとERM:
EUの通貨統合は、外務省のEUにおける通貨統合にあるように、1989年に具体的なロードマップが定められてから1999年のユーロ導入(2002年に現金流通開始)まで、10年がかりの壮大なプロジェクトでした。
その前段階として1979年に欧州通貨制度(EMS)が発足し、その中核が加盟国通貨の変動幅を一定の範囲に抑える為替相場メカニズム(ERM)です。通常の変動幅は中心レートの上下2.25%でしたが、イギリスは1990年10月8日に1ポンド=2.95マルクの中心レートで、上下6%のワイドバンドで参加しました。
ところが1990年の東西ドイツ統一後、インフレを警戒したドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)は高金利を続け、ERMに参加する各国もマルクに合わせて高金利を維持しなければなりませんでした。景気後退に苦しむイギリスにとって、高金利と割高な水準でのポンド防衛は大きな負担になっていたのです。
その矛盾に気づいたジョージ・ソロスは、実体経済に比べて過大評価されたポンドはいずれ切り下げざるを得ないと読み、巨額のポンド売りを仕掛けました。
Reference: George Soros – WikipediaBlack Wednesday(ブラック・ウェンズデー):
1992年9月16日(水)、イングランド銀行は対抗策としてポンド買い介入を行い、政策金利を10%から12%へ引き上げ、さらに15%への引き上げを発表しましたが下落は止まりませんでした。同日夕方、イギリス政府はERMへの参加停止を発表し、15%への2度目の利上げも取り消されました。この日は「ブラック・ウェンズデー」と呼ばれています。同じ時期にイタリア・リラもERMを離脱しています。
ソロスはこのポンド売りで10億ドル以上の利益を得たといわれ、「イングランド銀行を打ち負かした男」として有名になりました。
なお、ERM離脱後のイギリスは金利を引き下げ、1992年10月からインフレ目標制を導入して景気を回復させたため、この日を「ホワイト(ゴールデン)・ウェンズデー」と呼ぶ人もいます。
EURの問題点
その後もイギリスは、1997年に当時のブラウン財務相が示した「5つの経済テスト」を満たさないとしてユーロ参加を見送り続け、結果的に多くのイギリス人は「ユーロに参加しなくて良かった」と考えています。

その理由はユーロそのものの問題点でもあり、どこか1国の経済状況に他の加盟国が大きく影響されてしまうことです。
たとえばリーマンショック後のギリシャ危機です。2009年にギリシャの財政赤字の粉飾が発覚すると、ユーロ圏全体のGDPの3%にも満たない経済規模の国の問題でユーロが売られ、ほかの南欧諸国にも債務危機が波及するなど、様々な問題が露呈しました。
EURを法定通貨にしていないEU加盟国
EUの加盟国は、2013年のクロアチア加盟で28か国になり、2020年1月のイギリス離脱で27か国になりました。加盟交渉中の候補国もほかにあります。
この27か国のうち、ユーロを導入しているのは21か国です(2023年にクロアチア、2026年1月にブルガリアが導入)。EURを法定通貨としていないEU加盟国は6か国あり、イギリスだけではなかったわけです。
逆に、EU加盟国でないのにユーロを法定通貨としている国もあります。ヨーロッパ諸国に囲まれた経済規模の小さい国が多く、EUと通貨協定を結んでいる国と、協定なしで一方的に使用している国があります。
| 区分 | 国 |
| ユーロ導入国(21か国) | オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロバキア、スロベニア、スペイン |
| 未導入(将来導入が前提) | スウェーデン、チェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア |
| 未導入(適用除外) | デンマーク(※離脱前のイギリスも適用除外) |
| EU域外(通貨協定あり) | アンドラ、モナコ、サンマリノ、バチカン |
| EU域外(協定なしで使用) | コソボ、モンテネグロ |
2026年10月時点。出典:Countries using the euro – European Union
ユーロを導入すると為替変動がなくなるなどのメリットがありますが、自国独自の金融政策が取れなくなるというデメリットがあります。
また、財政赤字をGDPの3%以下、政府債務をGDPの60%以下に抑えることが求められ、違反すると是正手続きや制裁金の規定もありますが、実際に制裁金が科されたことはなく、財政が悪化しているにもかかわらずモラルハザードが起こったギリシャのような例もあります。
1国の債務問題の影響が参加国全体に波及するといったリスクが解決されないかぎり、ユーロ導入に慎重な国があるのも無理はないでしょう。
References:
ポンド危機
欧州通貨制度
ヨーロッパの火種に?[ギリシャ危機]の混乱を振り返る

























